Institute of self Government
自治調査研究会 大使のスピーチ
大使のスピーチ(ウェビナー)2020年1月9日
2021年の新年に際し、ご出席者と日本国民の皆様にお慶び申し上げるとともに、全ての人々の健康と繁栄を祈念いたします。
2020年は、世界中で、特に西アジア地域において重要な出来事が多くありました。新型コロナウイルス感染症の拡大以外で、昨年の最も重要かつもっとも世界に影響を与えた出来事は、1月3日早朝の、アメリカテロ体制による野蛮かつ卑怯な、殉教者・ソレイマニ司令官の暗殺であった、と断言することができます。
ソレイマニ司令官は、イラクとシリアにおけるダーイッシュ(IS)との戦いとその掃討作戦の勝利において、鍵とな中心的な役割を果たしました。このことは、ダーイッシュを支援してきた、アメリカ、イスラエル、リヤドなどのテロリストを育ててきた体制にとっては、耐えられないことであったがゆえ、司令官の暗殺を実行したのです。
ソレイマニ司令官は、軍事面のみならず、外交の世界においても活躍し、地域の緊張緩和と友好拡大へ向けて尽力しました。司令官は、その最後のイラク訪問で、サウジアラビア政府からの書簡への返事を、イラク政府経由でリヤドに伝える予定でした。しかしアメリカテロ体制は、司令官を暗殺し、イラクの主権を侵害し、この平和のための取り組みが結実することを阻止したのです。
イラン国民に加え、地域諸国の人々もまた、西アジアにおけるテロや暴力的過激主義との戦いにおける、ソレイマニ司令官とその同志たちの貢献と献身をよく理解しています。司令官と、アブー・モハンデス暗殺に対する人々の反応は、このことを示しています。
イランとイラクの各都市において、ソレイマニ司令官の葬儀に何百万もの人々が参加し、中東地域の各国にて何百万もの人が喪に服し、さらにはイラクなどのSNSで、一周忌に際しこの偉人のハッシュタグがトレンド入りしました。このことは、一方で、司令官が人々の心に生き続けていることを示し、他方で、アメリカテロ体制による行為が、非合法的かつテロ行為であったとの烙印を押すものでした。
テロと戦っていると主張している国々は、アメリカによるテロ行為に対し沈黙することで、この類のテロ行為が継続することを容認してしまったのです。これらの国々がテロと戦っていると主張していることは、ちょうど彼らが人権を擁護していると主張していることと同様のものです。ソレイマニ司令官暗殺についてなんら言葉を発しなかったと同様に、アメリカの経済戦争・経済テロによってイラン国民が強いられている痛みや苦しみに対しても、何ら発言せず、沈黙し続けているのです。
国連もまた、この種のテロ行為が繰り返されることを防ぐために、テロを非難するという義務を果たしておらず、このこと自体もまた非常に驚くべきことです。例をあげれば、国連事務総長は最近の報告の中でも、暗殺の非難に関して何ら言明しておらず、暗殺がもたらした悪い結末についても言及していません。
国際社会を代表する機関である国連とそのいくつかの加盟国による責務不履行は、この非合法かつ人権に反する行為に対し沈黙し続けました。その結果、ソレイマニ司令官暗殺から約一年後、モフセン・ファフリーザーデというイランの科学者の暗殺事件が起きてしまったのです。
これに関し、国連特別報告者であるカラマール氏への、証拠に基づく情報の提供がなされました。氏は独立性のある報告書の中で、ソレイマニ司令官暗殺を、非合法的つ人権蹂躙行為であると述べました。
疑いのないこととして、この犯罪の主犯者や加害者の刑事責任が明らかになり、彼らが国際刑罰に処されれば、この種の犯罪が今後繰り返される道は閉ざされるでしょう。
言うまでもなく、時が経つにつれ、同暗殺事案が忘れ去られていくと考えてはなりません。そうではなく、イラン政府はイランと地域の人々を代表し、かつ司令官とその同志の血が汚されることを防ぐため、犯罪者たちを裁判にかけるべく取り組んできました。これからもそうであり、少しも努力を怠ることはないということを、知るべきです。私たちは、忘れることはありませんし、また、許すこともありません。
この点、地域の虐げられた人々の権利を実現するため、国際司法機関において、法律、国際問題、そして報道の専門家からなる作業部会が、立ち上げられるべきだと考えます。
ソレイマニ司令官を失ったことは、地域のムスリムの友好の絆を深めました。テロとの戦いという道が断絶することはありません。そして今後、第2、第3の勇敢なソレイマニ司令官が現れ、闘争の旗を持ち、この道を突き進んでいくことでしょう。
神よ、殉教者ソレイマニ司令官とその同志の高貴な魂をさらに高めたまえ。
yokohama
ご列席の皆様、
最初に、自治調査研究会代表苅部様におかれては、本日の有識者の方々の会合の開催の労をとってくださり、感謝いたします。
今日の私の講演題目は、「中東における大国・イラン」です。よって、まず申し上げたいことは、「地域大国」という言葉は、冷戦時代の二極体制が旧ソ連の崩壊によって終焉した後に登場した言葉です。当時の重要な国際社会のあり方として、アメリカの覇権主義による一極体制と共にある地域主義という考え方がありました。アメリカ、中国、ロシアなどの大国の協力による、秩序の構築に基づく、パワーバランス(力の均衡)が取られた国際秩序のあり方が、注目を集めており、「地域大国」という用語も、この文脈の中で重要性を帯びました。様々な定義によれば、地域大国の必要条件は下記の通りです:
1.地理的にみて、特定の地域の中に位置していること
2.経済、軍事、人口、政治イデオロギーの総体であること
3.外交交渉などの外交手段・ツール、軍事・経済・広報宣伝手段を活用できること
4.域内の諸外国政府が連合した場合、それに対抗する力があること
5.域内の諸問題において大きな影響力を持っていること
イランは世界最古の文明の一つであり、豊かな文化・自然遺産に恵まれており、その地理的自然環境、文化的価値に照らし、アジア文明と世界文明の揺籃の地とも呼ばれています。
西アジアに位置するイランは、面積、人口、地政学的位置などの点で非常に存在感のある国であり、社会的・文化的にも、アジア、アラブ、ロシアをつなぐ、役割を担っています。
イランは他に例を見ない物流の経由地としての位置にあり、ペルシャ湾と公海を中央アジアへと結ぶ幹線が通ってあり、さらには鉄道でも中央アジアを結び、物流の要衝にあります。
原油・天然ガスをこの地域へと輸送する
イランはまた、陸続きであるいは海を隔てて15の国と国境を接しており、その国境線の長さは5000キロメートルに及びます。西アジアと東アジアとを貿易や商業の経由地として結合する、十字路に位置します。さらには、イランの南部にはホルムズ海峡があり、毎日1700万バレル以上の原油がこの海峡を通って、世界各国へ輸送・輸出されています。
現在約8200万の人口を誇るイランは、軍事防衛力、若い優秀な労働力、経済力等の点でも優れており、近隣諸国にとっても非常に魅力的で大きなマーケットであります。
経済の面では、イランは天然資源が非常に豊富な国であり、天然ガスの埋蔵量は世界第2位、天然資源全体の埋蔵量では、世界第5位に位置しています。イラン・イスラム共和国は過去40年間、目をみはる経済発展、国の開発を遂げました。アメリカによる一方的な制裁が発動された当初から、自国民の力で経済を発展させ、科学技術、原子力技術、宇宙工学、バイオテクノロジー、マイクロエレクト二クス、ミサイルや戦略的ドローン開発等においても、目覚ましい業績を遂げました。
広い国土、豊かな自然資源、まれな地政学的位置、人口の多さ、政治体制ではイスラムと民主主義の融合あるいは宗教的民主主義、魅力的なイデオロギー、国民の団結と結合、豊かな歴史と文化、そしてイスラムという宗教、これらから、イランという国が地域の魅力的な国として屹立
しています。
ご列席の皆様、
2001年9月11日の同時多発テロは、21世紀の世界史において大きな分岐点となる出来事であり、中東地域の秩序を根底から覆すものでした。アメリカは同時多発テロを口実に、まず2001年、アフガニスタンを占領し、その後、イラクに対し、大量破壊兵器の存在という偽りの主張で、国連安保理の許可なしに2003年に侵攻・占領し、その結果、地域の不安定化を招きました。また、2008年には世界経済危機、2011年にはアラブの春が起き、アラブ諸国の多くが、混乱に陥りました。
この期間、そして今日に至るまで、地域の域外の大国がイランと域内諸国、特に近隣諸国の友好関係を損ねるため、活動をより活発化させました。常に「イラン恐怖症」(イランは恐るべき国)という口実で、何十億ドルもの武器を中東の国々に売却し、イランと地域の抑圧された国民に対する諸国の敵視政策、さらにはそれらの国民に対する人道上の犯罪に対し、沈黙し続けてきたのです。中東、なかんずくペルシャ湾岸地域はこのような政策と外国軍の駐留のため、平穏な時代はありませんでした。サウジアラビアによるイエメンの人々に対する戦争犯罪、西側、特にアメリカの兵器を用いた女性・子供たちを標的にした攻撃、混乱、そして、アフガニスタン、シリア、イラクにおける、アメリカとその中東の同盟国により育成されたアルカイダやISといった暴力的過激主義組織による一般市民の殺害、これらは、イランを取り巻く地域の不安定化の一例であります。
これらに加え、アメリカ体制は過去数年、対イラン制裁を強化し、経済テロと呼ぶべきものへと変え、イランの一般市民を標的とし、日常生活が極めて困難な状態に陥っています。制裁、経済テロは、新型コロナウイルスの世界的流行の中にあって、医療テロと呼ぶべきものとなっています。なぜなら、アメリカの違法かつ一方的制裁のために、コロナ感染症対策において必要な医薬品や医療機器の確保さえも、困難になっているからです。
ご列席の皆様、
一方、イランは少なくとも過去200年間、いかなる国にも侵攻したことはなく、常に、中東・ペルシャ湾岸地域内の協力、対話、平和と安定の維持こそが、我が国の外交政策の中心にありました。イラン大統領は地域の安定へ向けて、「ホルムズ平和構想(HOPE)」を提唱しました。しかしこれは、
我が国は横暴なやり方に対して抵抗し立ち向かい、常に自国民の権利を守ってきました。例えば、原子力の平和利用の権利については、これは、NPT核兵器不拡散条約のすべての参加国に対して保証されているものですが、アメリカをはじめとする西側諸国の横暴と圧力に直面しても、権利を放棄することはなく、13年に及ぶP5プラス1諸国との厳しい交渉を経て、世界の核不拡散における国際協力と外交の大きな業績である、JCPOA (イラン核合意)を2015年、成立させました。国連安保理決議2231号がこの合意を承認し、国際法として成文化されました。
しかしトランプ政権は、国際法を踏みにじり、単独行動主義をもって一方的に核合意から離脱しました。さらには、その他の参加国に対しても、この国際合意に違反するよう煽動し、国連安保理決議2231に違反し、アメリカの決定に追随するよう違法の圧力をかけているのです。
イランは地政学的優位性、抑止力、軍事力などから、地域の大国として、嵐の中の中東、すなわち、シリアやイラクでのISの跋扈と流血、アフガニスタンでのアルカイダやタリバンの破壊行為、域外の大国とその駐留軍による不安定化の中にあって、断固として立ち向かい、安定の島として、この厳しい安全保障環境にあって、戦略的忍耐という政策をとり、イランの忍耐と平和希求の精神を示してきました。
今日、イランの地域の大国としての地位に鑑みて、どの国もイランの立場を考慮することなしに、地域での政策を成功裏に進めることはできません。シリア停戦対話におけるアスタナ合意を通してのイランの役割はこのことを示しています。
ご列席の皆様、
最後に、イランはこのようなアプローチと戦略に基づき、常に世界各国と良好な関係を築いてきました。その中でも、日本との関係は、伝統的な友好関係であります。イランにとって重要な出来事の一つに、日章丸事件が挙げられます。1953年、当時イギリスによる制裁下にあったイランから、出光興産が直接原油を買い付け、タンカー日章丸でイラン産原油を日本へと運ぶことに成功したのです。当時の大国による制裁を突き抜けて、日本が再びこのような勇敢な行動に打って出ることを期待できますでしょうか?
日本は過去40年間、常にイラン国民にとって良い印象を持たれてきました。確かに、現在、両国の経済関係は第三国の圧力により損害を受けており、原油の取引もまた、これまで途絶えたことはありませんでしたが、現在は行われておりません。
もちろん、政治面では両国の関係は非常に高いレベルで推移し、ハイレベルの要人の往来が続いています。2013年以降、首脳会談はこれまで7(11?)回、国連総会などの際に行われました。
2019年は両国の外交関係樹立90周年の節目の年であり、両国の関係史にとり、非常に意義深い重要な年となりました。安倍総理大臣は現職の総理としては41年ぶりにイランを訪問し、ロウハニ大統領は19年ぶりに訪日しました。
2020年もまた、友好関係が維持しており、コロナウイルス対策において、日本政府から、イランに対する2億5千ドル相当の医療・人道支援があり、感謝しております。
最後にアジアと世界における政治・経済大国であり、イランとの何百年にわたる人的交流がある日本に期待することは、政治・経済関係が一層発展することであり、現代においても、両国の友情の証が再び証明されることを願っています。
ありがとうございました。
.Iran-iraq war
駐日イラン大使の挨拶−聖なる防衛週間40周年記念式典−
2020年9月23日
ご列席の皆さまに歓迎の挨拶を申し上げ、ウンマ・イスラム共同体の指導者と、8年間の「押しつけられた戦争」「聖なる防衛」における殉教者たちの清らかな英霊に敬意を表するとともに、イラン・イスラム共和国最高指導者と、8年間の聖なる防衛における勇敢な戦士・献身者たちの健康を祈ります。
2020年は、1980年9月の、サッダーム体制によるイラン国土への侵略と攻撃から40年の節目の年です。その侵略は、植民地支配と地域の反動体制による煽動により、さらには、イラン国民が成し遂げたイスラム革命に対抗するという目論見をもって、始められました。これについて、イラン最高指導者・アーヤトッラー・ハメネイ師は語られました:「戦争を始めた敵の目的は、イスラム体制の転覆、再度のイラン支配、そしてイランの分裂であったが、イラン領土の指先ほどでさえ、占領することはできず、イスラム共和制とイラン国民を一歩たりとも後退させることはできなかった。この勝利の防衛は、イラン国民のアイデンティティーの一部である」と。
そうです、聖なる防衛の年月は、イスラム共和国の独立と自由を守るための、イラン国民の、英雄叙事詩と自己犠牲、そして、世界の高慢・不遜の陰謀に抵抗するためのほう芽を想起させるものです。今日の展示会では、この年月の記憶のごく一部を関心のある方々に展示してあります。
今日の国際社会において、イラン・イスラム共和国が、アメリカとシオニスト体制のテロ行為と対峙する上で最大限の抵抗を示しているその力の源泉は、8年間の聖なる防衛の時代における、イランの尊貴な戦士や国民の闘争と抵抗にこそあるのです。
今日、殉教者と、献身者たちの偉大なご家族の守護と寛大さ、そしてイラン国民の結束と一致団結ゆえに、国際的あるいは地域上のあらゆる問題や圧力にもかかわらず、イラン・イスラム共和国は、全世界でその驚嘆すべき存在感を示しており、今後も希望に満ちた輝かしい未来と共に、これまでと同様、高潔な殉教者たちの道を歩み続けることでしょう。
イランと日本の古くからの文化関係は、ジハードと殉教の記憶とも共にあります。山村邦子さんのご子息であった、殉教者・モハンマド・ババイさんの勇敢な闘争は、自らの意志で前線に赴き、イスラムの栄誉と名誉を守るために自らの命を捧げた戦士と献身者たちの陣列にあって、両国民の決して断ち切ることのできない絆の、明白かつ忘れることのできない真実であり、今日この場において、この敬愛すべき殉教者に思いを馳せ、尊敬の念を捧げたいと思います。
イラン・イスラム共和国は常に、全世界、なかんずく中東・ペルシャ湾岸地域の平和を擁護し、安全と安定の確立を求めてきました。この点において、日本政府の、両国の伝統的友好関係の維持と発展、さらには地域の平和と安定のための取り組みに感謝します。
最後に、聖なる防衛において勇敢に自らの身を賭して戦い、そして、シオニスト体制と国際テロ組織から地域のムスリム共同体を解放するため、テロや占領主義と戦い、イランと中東地域の抵抗の歴史において大きな役割を果たした、殉教者・ソレイマニ司令官の記憶と名をここに留め、尊敬の念を捧げます。ソレイマニ司令官の名は永遠に歴史に刻まれることでしょう。
イラン・イスラム共和国の栄光を願うと共に、現在、あらゆる困難や問題にもかかわらず、その極めて傑出した高潔さと忍耐と抵抗力により、殉教者たちの願いと遺志を受け継ぎ、愛情溢れるイランの国土の永遠の支えとなっている全国民の繁栄を、心から願います。
駐日イラン大使の挨拶−聖なる防衛週間40周年記念式典−
2020年9月23日
列席の皆さまに歓迎の挨拶を申し上げ、ウンマ・イスラム共同体の指導者と、8年間の「押しつけられた戦争」「聖なる防衛」における殉教者たちの清らかな英霊に敬意を表するとともに、イラン・イスラム共和国最高指導者と、8年間の聖なる防衛における勇敢な戦士・献身者たちの健康を祈ります。
2020年は、1980年9月の、サッダーム体制によるイラン国土への侵略と攻撃から40年の節目の年です。その侵略は、植民地支配と地域の反動体制による煽動により、さらには、イラン国民が成し遂げたイスラム革命に対抗するという目論見をもって、始められました。これについて、イラン最高指導者・アーヤトッラー・ハメネイ師は語られました:「戦争を始めた敵の目的は、イスラム体制の転覆、再度のイラン支配、そしてイランの分裂であったが、イラン領土の指先ほどでさえ、占領することはできず、イスラム共和制とイラン国民を一歩たりとも後退させることはできなかった。この勝利の防衛は、イラン国民のアイデンティティーの一部である」と。
そうです、聖なる防衛の年月は、イスラム共和国の独立と自由を守るための、イラン国民の、英雄叙事詩と自己犠牲、そして、世界の高慢・不遜の陰謀に抵抗するためのほう芽を想起させるものです。今日の展示会では、この年月の記憶のごく一部を関心のある方々に展示してあります。
今日の国際社会において、イラン・イスラム共和国が、アメリカとシオニスト体制のテロ行為と対峙する上で最大限の抵抗を示しているその力の源泉は、8年間の聖なる防衛の時代における、イランの尊貴な戦士や国民の闘争と抵抗にこそあるのです。
今日、殉教者と、献身者たちの偉大なご家族の守護と寛大さ、そしてイラン国民の結束と一致団結ゆえに、国際的あるいは地域上のあらゆる問題や圧力にもかかわらず、イラン・イスラム共和国は、全世界でその驚嘆すべき存在感を示しており、今後も希望に満ちた輝かしい未来と共に、これまでと同様、高潔な殉教者たちの道を歩み続けることでしょう。
イランと日本の古くからの文化関係は、ジハードと殉教の記憶とも共にあります。山村邦子さんのご子息であった、殉教者・モハンマド・ババイさんの勇敢な闘争は、自らの意志で前線に赴き、イスラムの栄誉と名誉を守るために自らの命を捧げた戦士と献身者たちの陣列にあって、両国民の決して断ち切ることのできない絆の、明白かつ忘れることのできない真実であり、今日この場において、この敬愛すべき殉教者に思いを馳せ、尊敬の念を捧げたいと思います。
イラン・イスラム共和国は常に、全世界、なかんずく中東・ペルシャ湾岸地域の平和を擁護し、安全と安定の確立を求めてきました。この点において、日本政府の、両国の伝統的友好関係の維持と発展、さらには地域の平和と安定のための取り組みに感謝します。
最後に、聖なる防衛において勇敢に自らの身を賭して戦い、そして、シオニスト体制と国際テロ組織から地域のムスリム共同体を解放するため、テロや占領主義と戦い、イランと中東地域の抵抗の歴史において大きな役割を果たした、殉教者・ソレイマニ司令官の記憶と名をここに留め、尊敬の念を捧げます。ソレイマニ司令官の名は永遠に歴史に刻まれることでしょう。
イラン・イスラム共和国の栄光を願うと共に、現在、あらゆる困難や問題にもかかわらず、その極めて傑出した高潔さと忍耐と抵抗力により、殉教者たちの願いと遺志を受け継ぎ、愛情溢れるイランの国土の永遠の支えとなっている全国民の繁栄を、心から願います。